現実の会社でのLGBT

f:id:tak_jp:20180806112704j:plain

グローバルで事業を展開する企業にいると「人種、国籍、性差、障害、その他の理由」において従業員の評価を変えることは「なにがあってもNG、やったらクビ」という研修を年に何度も受けることになります。私も、そんな会社に長いこと勤めていました。

LGBTも政治ネタにするのはともかく、現実の会社では結構大変です。コストが云々というのもありますが、まずは現場です。

一例ですが、「わたしねっ! Takさんの隣がいいのっ!」というテンション常にマックスなひとが、打ち合わせで私の隣に座るのです。隣というか、私のひざの上に乗ろうとすらします。

全身ピンクです。ラップトップ(ノートパソコン)も、どこで特注したのか、会社支給の「黒いことがアイデンティティ」のアレがピンクです。打ち合わせは「触れちゃいけない、触れちゃいけない」という緊張感をはらんだ空気のなかすすみ、終わり、次の打ち合わせには、それぞれの部門から新しいひとが参加するようになります。

私は、上司の「Takさんすごい気に入られたらしいから、ずっと出てー」に「いいですよー」で、こういった珍しい雰囲気はむしろ好きだったものの、官僚的であることがウリですらあった会社内においては、やっぱり異端でした。

でも、仕事できないんです。そのひと。「Takさんのためだったら、わたし、なんでもやるからっ!」って言ってくれるのはいいんですが、成果物がダメすぎなんです。

それでも、上司は評価を落とせません。「性差によって評価を変えた」と受け取られると、自分のグローバルでの評価が落ちてしまうからです。少し変わった行動も「性差」によるものかもしれなければ、認める、あるいは触れないのが正しいのです。ずっと中間くらいの評価にしておくしかないんです。

一方で、社内にはいわゆるカミングアウトをしないひとがむしろ多いはずで、評価の問題をさらに複雑にしていきます。「世の中はそもそも理不尽であり、それを受け入れたうえで、変えられるところは変えていこう」といった共通認識がなければ、あっという間に破綻する取り組みです。

この会社は優秀ですから、混乱があることなどわかっていました。「性差による採用差別がないことが広まって、性差を超えた優秀な人材が集まる」時代がすぐにくることもわかっていました。従業員も、もちろん「またいつもの取り組みだな」と分かってやり過ごそうとしていました。

いまでも「なにがセクハラで、なにがセクハラじゃないか」「同和差別による結婚の悲劇」といったレベルの研修しかできていない日本企業やサラリーマンには、越えられない壁があるんじゃないか?と思いつつ、特にまとめなどもなく終わります。