「仕事をしない」をつくる日本の退職金制度

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私がある外資IT企業ではじめて管理職を任されたとき、上司は外国人、部下にも外国人、全員の社歴は私より長く、そして全員が年上でした。いつものように本を10冊くらい買って読みましたが、まあ、まるっきり役に立ちません。

それでもって、年齢が高く、会社の景気がとてもよいときに在籍していた部下の給与はとても高いのです。役員から名指しで「だれそれを切れ」とお達しがくるわけです。

いやいや、パフォーマンスが悪くみえるのはすべて元上司やいまの上司の私の見せ方が悪いだけであって、本人に問題はない……と返すも、結局、本人はほどなく自己都合で退職していくのです。「いやー、Takさんなら会社都合退職にしてくれると思ってたんだけど、期待外れだったかなー」とかいうわけです。

ええっと、オレ悪者なの?と悩むわけです。少しだけ。

期待外れと言われた理由は、社内の退職金制度によるとその支給額が会社都合と自己都合とで大きく異なるためです。

退職金制度?」。ええ、詳しく調べていない方が多いと思います。

会社によって制度の運用は異なりますが、多くの場合、定年などによる退職で支払われる金額を基準額とすると、早期退職など会社都合での退職では一般的に「2倍」が支払われます。同じく自己都合の場合は「0.75倍」です*1

基準額は直近一年間の給与に「支給率」をかけたもので、支給率は在籍年数に応じて高くなっていきます。在籍5年を超えると支給率の上昇率は高くなり、10年を超えるともっと高くなり……といった運用の会社が多いと思います。長くいればいるほど退職金の額が急上昇していく時期があるわけです。そして、30年を超えると支給率はまた増えなくなり、40年目以降は据え置きでしょう

この仕組みを理解すると、一定の年齢(新卒からの在籍年数で30年)を超えたひとが「仕事なんてまじめにやるだけ損」という発想になることにもうなずけるでしょう。何もしなくても定年までいられる日本の雇用では、満額の退職金を約束されています。そのうえで早期退職など会社都合での退職のほうが確実に有利なわけです。むしろ会社に「オレを辞めさせろ」と、仕事にまじめに取り組まないことでアピールし始めているのです。

年収1000万円、在籍25年で48歳くらいの従業員の退職金基準額は(多くの大企業でおそらく)2500万円です。早期退職ではその2倍、5000万円になります。自己都合は0.75倍ですので1875万円です。5000万円と1875万円。この差は大きすぎます。

さらに、別のひとが定年まで年収1000万円のまま勤め上げたとして、退職金は3700万円です。

十分な金額をありが……いやいや、仕事さぼりまくって実質やめさせられたあいつが5000万円で、成果も結果も出してまじめにさらに20年働き続けたオレが3700万円? となりますね。

もちろん、いまでは定年まで年収1000万円が続くといったことは夢にすぎず、役職定年やらなんやらで給与は段階的あるいは劇的に下がっていくでしょう。退職金は「直近一年間の給与」が基準になります。支給率があがらない在籍年数になったら、在籍すればするほどもらえる退職金は劇的に減っていくのです。

年収1000万円の給与では、税金などを除くと手取りは700万円ほどでしょう。それが給与所得というものです。しかし、細かな計算は省きますが退職金の税優遇は半端ないです。基準額程度であればわずか5%、2倍でもせいぜい15%です。 退職金が5000万円なら4335万円が残ります。「年収1000万円で退職金5000万円」は年収の5倍ではなく、さらにその2割から2.5割増しをもらえると考えるのが妥当です。

退職金制度とは別ですが、会社都合と自己都合とではいわゆる失業保険の支給開始時期と期間も大きく異なります。そして、年収1000万円では支給額の上限に達していますが「年齢によって」その上限が変わることも忘れてはなりません。45歳から60歳は「その年齢の失業者というだけ」で若い世代よりも10%から22%多く支給されます。会社都合であればざっくりと総額270万円が支払われます。もちろん、失業保険に税金はかかりません。

これはやっかいです。ほんとにやっかいです。日本企業の退職金制度は「定年がみえてくると、仕事をしないひとほどお金をたくさんもらえる確率が高まる」仕組みなのです。おっさんは「会社で何もしないこと」が合理的な行動になり、その害悪を伝染させるだけの存在になってしまうのです。

さて、冒頭の話の続きです。退職金制度のなんたるかを知った「外資ITの新米管理職」の私は、役員から「あいつを切れ」と言われたら、即行動にうつすようになりました。本人が望んでいるのです。早ければ早いほど会社も都合がよいのです。役員はEBITDAが改善されるので喜びます。私もだれからも恨まれません。

*1:定年による退職も正しくは会社都合ですが、趣旨とは違うこと、わかりにくくなるためいわゆるリストラを会社都合退職にします。