「世界一」をねたむひととの付き合い方

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昨年の今ごろは「1907年からさまざまなアートを提案してきた、日本を代表する老舗百貨店・日本橋三越本店」の催事イベントに、わが家の飼い猫を「出展」していました。

わが家の猫を表紙に選んでいただいた写真集の写真家さんのブースのおまけです。日本橋三越本店側から「写真にくわえて、動いてる実物もぜひ」と打診がありOKしたものです。同氏の、六本木の東京ミッドタウン フジフイルム スクエアでの写真展が歴代最高の来場者数だったのですが、このときもなかなか盛況でした。

お声がけいただいたのは「世界一の猫」だったからでしょう。1906年から始まった世界最難関のキャットショーであるCFAで、年間で世界1位(猫種別)をとった猫です。私たち飼い主が「世界一をとる!」と宣言して、世界一をとった猫です。

といったことを言うと、多くの方が拒否反応を示します。「鼻持ちならない」「金持ちの道楽」「見栄っぱり」。そういった感情があることは理解します。「保護猫ちゃんがたくさんいるのに、大金をはらってブリーダーから猫を買って、キャットショーなんてムダなことにまたお金を浪費するなんて!」という声も、まあ、多いです*1

また、口に出して「世界一をとる!」を言い続けるのは、日本人の感覚からはまだ遠いかもしれません。私たちには「口だけのやつ」といったレッテルをはり、「目標は心にしまい、人知れず達成にむけた努力をひたむきに重ねるひと」をよしとする文化かもしれません。

一方で、一部の方は「世界一をとる戦略やプロセス」に興味をもちます。開催場所、評価や採点の仕組み、出場の条件、どういったひとが出しているのか、どんな猫が出ているのか、コスト、競合団体、なぜキャットショーに出そうと思ったのか、最初から1位を狙っていたのか、どこらへんが精神的にきつかったか、勝つためのコツはどういったものか、勝てると思ったのはどのへんか。

そして、なにより「世界一をとる!」と口に出していると、「世界一をとったことがある」ひとが周りに集まってきます。それまでお付き合いのなかったようなひとも、学生時代からの親友であったかのように協力や支援をしてくれます。心なき陰口をたたかれるなか、そんな協力や支援があったからこそ自分も世界一になれたことを、心から理解しているのでしょう。

キャットショーは一年間「走り続ける」必要があり、それだけやっているとメンタルも最強になるようです。

妻のメンタルも最強になりました。他人が上っ面だけでなにか批判してきても、ムシです。「他人の目を意識した行動」ほど人生において無意味なことはないと気づいたからでしょう。そして、他人がなにかを目指していたら、自分の人生のように全力で助け、応援します。それが、自分が世界一をとること以上に価値があると気づいたからでしょう。

*1:わが家は保護猫を助ける活動には「直接」には賛同していません。ブリーダーが街のペットショップに卸した子猫が、ノリと勢いで買われ、捨てられているのだから、ペットショップでの生体販売をゼロにし、ブリーダーから直接買う流れをつくる活動に賛同しています。