昭和の吉祥寺、廃虚と化した駅ビル - ゲームセンター「ミリオン」

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今週のお題「ゲームの思い出」

私は、通学に電車を乗り継いで1時間ほどかかる吉祥寺の学校に、小学校から大学まで16年間通っていました。吉祥寺はそのころもどこかあか抜けない、微妙な雰囲気の街でした。なかでも、廃虚と化した駅ビルにあったゲームセンター「ミリオン」は本当に吉祥寺っぽかったです。今でも井の頭線吉祥寺駅の改札口をとおるたびに、まず、このゲームセンターを思い出します。

「ミリオン」は私が小学生6年のころに、唐突に誕生しました。それまで、雑なつくりのベニヤ板のようなバリケードで封鎖されていた廃虚と化した吉祥寺の駅ビルに、ゲームセンターができたのです。駅ビルですからフロアあたりの面積はだだっ広いです。そのだだっ広いフロアが、3フロアすべてゲームセンターという無謀っぷりでした。

いまのゲームセンターとはまったく違います。薄暗い蛍光灯だけが頼りの、古びた、じめっとした地下駐車場に、ゲーム機がびっしりすき間なくおかれていることをイメージすれば、まあ、だいたい合っています。

で、私はこの「ミリオン」に通っていました。昭和の小学生なのでランドセル背負っています。途中でスポーツバッグにランドセルを入れる知恵はつけましたが、目立ちます。井の頭線の改札口の横にある上に伸びた階段の先にある「ミリオン」を目指して、友だちとダッシュで階段駆け上がっていました。だれにもみられずに「ミリオン」に入るには、最速で「改札口をとおるふりをして横にそれて階段を駆け上がる」必要がありました。

まあ「チクられる」わけです。努力むなしく。

すぐに職員室に呼び出されるわけです。そして「人違いですよ」で乗り切るわけです。今度は「うそつきー、うそつきー」と言いたいがために、クラスの女子が「ミリオン」に乗り込んでくるわけです。「見回り」と称して。そのうち、女子にくっついてほかの男子も「見回り」にやってくるわけです。

もちろん「見回り」には50円玉わたしてゲームを遊んでもらっていました。ミイラとりがなんとかです。小学生の自分が「お金の力ってすげーなあ」と実感していたわけです。

昭和の廃虚ビルのゲームセンターはすぐにつぶれてしまいました。小学校の最後の終業式の日*1、クラスの10人以上がゲームを楽しんでいた場所はもうありません。だからこそ、ただのゲームセンターだったはずなのに、「夢のような」出来事として思い出になっているのかもしれません。

*1:一貫校ということもあってか、イベントとしての卒業式はありませんでした。