AIサラリーマン

起業してよかったことのひとつは、仕事でのお付き合いの相手を自分で選べることです。先日の元同僚との集まりでそんなことを言ったら「昔から思いっきり選り好みしてたじゃない」と返されましたが、だからこそ、その時以上になんの制約もなく選べることがよかったと思えるのでしょう。

サラリーマン時代は部下と上司が選べません。また、会社と会社との付き合いとなるパートナー会社の担当者も選べません。

当時もこれからもお客様を選り好みすることはありませんが、部下や上司に代わる従業員や出資者、パートナーは自分で選んでいけます。提供を受けていたサービスを途中で打ち切ったりするのも自分で決定できます。

自分一人でこれまでを圧倒する量の仕事をこなしていくのですから、あれこれ滞ったり、意思疎通ができなかったりのストレスのもとは絶ちたくなります。

苦手なひとの代表は「頭がいい」ひとです。私がいろいろとちょろそうな風貌なので、なにか調整ごとが出てくると軽く挑まれてしまうわけですが、そのときのこの「頭がいい」ひとが発する、流れ出てくるコトバを聞くのが本当に苦手です。

こう、熱意や情熱から、なんとか相手に理解してもらおう、という流れではないんですよね。こちらの問いに、ググって最初に出てきた一番無難そうな検索結果をそのままさらさらっと返してくるような、ものすごいAI感に満ちているんですよ。

いかに相手に自分の考えを伝えて理解してもらうか、ではなく、いかに完璧な回答をするか、さらには、いかに完璧な回答をさらっとできる自分を演じるか、になっているんです。

部下や上司がこういうひとだと困ります。なにか依頼しても、掘り下げようとしても、その場しのぎの、なんかいい感じってだけのどこかで聞きかじったようなストーリーもまぜた、安い芝居を見せられるだけです。

返し刀で核心をつく、なんてこともできなくもないですが、こういった相手がそれによって何か行動を変えるかというと、そんなことは絶対になかったので、やるだけムダです。

サラリーマンは安い芝居をみることも給与のうちですが、いまはそうはいきません。たんなる時間のムダです。自分もAIにならないように戒めつつ、そんな相手との契約は躊躇なく切っていこうと思います。