地震と住まい

東日本大震災から7年がたちました。当時のできごとなどを書いておきます。

地震で東京が大きく揺れたとき、私は汐留の電通本社ビルのエレベーターのなかにいました。あの、総ガラス張りのエレベーターです。大フロアのある階で緊急停止したあとも、エレベーターの籠が地震の揺れでガコンガコンとガラスにぶちあたっているような音がなり響き続けていました。その後、東北地方はさらに大きな揺れだったことがわかります。毎週金曜日は仙台に出張だったのが、ほんとうにたまたまその日だけは東京でプレゼンをすることになって直前に出張を取りやめていました。

当時、私が暮らしていたのはタワーマンションの40階以上にある部屋でした。帰ると、窓は全開でした。地震対策は万全と言い切れる私でしたので、何事もなかったかのような部屋だと想像していたのが、窓が全開で、超高層階ならではの強い風で、室内はめちゃくちゃに荒れていました。窓は、室内側から鍵をかけていても大きな揺れではあくようになっているんだとか。その頃はペットは飼っていませんでしたが、いまでも、外出時に開閉できる窓のある部屋には放し飼いにしないようにしています。

そして、地震の2日後に引っ越しを予定していました。引っ越し業者、電気、ガス、すべてを手配し、備品も最小限にしていました。もちろん、入居している部屋は同日に解約です。

そこで、その引っ越し先の入居日が「未定になった」との連絡が不動産屋から入ります。新築で、3月7日に竣工、11日が施工主から事業主への引き渡し日だったのが、セレモニーの最中に地震があり、これから総点検した後に引き渡しになったとのことでした。

さて、どうしたものかと。被災者とくらべればずっと恵まれているわけですが、このままだと住む場所はありません。ガスや電気も、手配しようにも電話はまったくつながりません。幸いだったのは、当時暮らしていたのがURの物件で、問い合わせると「そのまま住んでてください」とURらしい対応をしていただけたことです。どこかに転がりこむ必要がなくなりました(そもそも、転がりこめる先も、タワーマンションの40階くらいの部屋でした)。

「入居日未定」は数日で「いつでも入居OK」に変わりました。最新の地震対策を売りにしたオフィスビルと同居するレジデンスだったのがよかったようです。ただ、室内ドアの損傷がいくつかあったと。上部レールだけで下にはなにもなくて床がすっきり、という今どきな室内ドアの一部が、揺れが続いたことでレールが損傷し、交換が必要になったそうです。

その新築マンションには1年だけ住みました。大手のインフラ系企業が主要テナントとして入居する、ぜいたくな、最新で最高レベルの地震対策がとられたオフィスビルと同居するレジデンスでしたが、表現するのが難しい違和感がありました。

地震がきたら、命が助かるだけでもうけもんだと思うんです。それが、PML(地震による予想最大損害額、Probable Maximum Loss)などの数字で投資の指標として示されるわけで、「たかが住まい」になにを求めているのか、地震がきてもまず大丈夫だという安心感が、逆に、自然の抗えない力と自分とか離れてしまうような、なんというか、まあ、なんというかですね。

いまでももやっとしていますが、当時はさらにもやっとした状態で、目黒に築半世紀くらいたったおんぼろマンションを買って引っ越しました。マンションなんて人間がつくったものなんだから、地震で壊れて当然。命が助かったら、どんな風に壊れたかみてやろう、むしろ楽しみ、くらいな気分でした。「地震でも資産価値を失わない住まいを求める」のもありですが、「地震ですべてを失ってもなんとかなる」と考えを変えていくほうが、楽しく生きられるんじゃないかと思っています。今でも。