読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

投資目線で「マンションを買うべきではない10の理由」を考える

私と妻は過去6年で、都内に立地するマンションの売買をのべ6回経験しています(売却は3回で一部を賃貸中)。分譲だけでなく賃貸もまぜた住み替えをしていて、その数が多いことから知人から相談を持ちかけられることがあります。答えは決まっており「好きな場所の、競争力がある物件の、どうしても住みたい部屋があれば、なんとしてでも買うべき。それ以外は賃貸にすべき」です。

まず、「買う」の対立は「売る」ですから、「買う」と「借りる」は比較対象になりません。「SUUMO」でおなじみの特集である「買うのが得か、借りるのが得か!?」は無意味ということです。「買って」「住む」のであり、当たり前ですが、「買う」と「住む」は同じ概念ではありません。

「買って」「住む」のは、経済行動としては部屋を買い、その部屋を空室リスクや家賃滞納リスクが著しく低い「自分と家族」という貸借人に部屋を貸すのと同じです。その結果、低いリスクにみあった安価な家賃が設定できるに過ぎず、支出面の計算から「借りるより買うのが得かも?」という考えはおかしいと言えます。世の賃貸も、たとえば「15年、全額前払いで借りたい、設備が壊れてもその修復は自分で持つ、退去時には全面リノベーションをする。もちろん属性は優秀」という申し出があれば、相応の値引きがあると想像できます。

「買う」は、超高レバレッジ投資です。預貯金を吐き出し、親からの援助まで得て証拠金を捻出し、さらに自らの命と仕事漬け人生も担保に借金をした上での超高レバレッジ投資です。しかも、値上がる可能性より、急激な値下がりの可能性の方が高いです。「経年優化」というメッセージを出したデベロッパーもありますが、これからの時代、資産価値はどうやっても目減りしていきます。元本は経年とともに取り崩されていきます。冷静になってみて、マンションがそこまで投資価値のある商品といえるのでしょうか。しかも、一点集中投資先としてです。

マンション価格が上がることは期待できません。2000年から2005年にかけての毎年10万戸程度もの大量供給(首都圏だけで、です)は、ごく短期間に、10年や15年の信用買いがされたようなものです。これから長い期間にわたって大きな売り圧力となります。2008年前後に竣工した大量の東京湾岸物件も、なにかと売却のひとつの区切りとなる10年後である2018年前後には異常な中古供給量となって出てきます。買い支えがなければ相場は暴落し、その可能性は高いでしょう。株式投資では女性は順張り、男性は逆張りになるといいます。女性が決定に関与する割合の高いマンションも同じで、上昇基調でなければ売れないのです。

インフレ対策、節税対策としてはマンションを現物で所有することは一部では有効です。しかし、本気で対策するのでしたら、インフレは円を金や外貨に換えたり、節税はサラリーマンなのですからマイクロ法人の設立を考えたりするのが筋です。私を含む現実のサラリーマンは、リスク資産への投資をイヤがりながら、住宅ローンをそれが莫大な借金をした現物資産への投資とは思わず、給与から税金を吸い取れるだけ吸い取らせておいて、年間でたった何十万円だかが所得税から控除されるのを喜ぶレベルの低さです。

将来の街の発展を約束する、夢をみさせてくれる新興住宅地があります。少し前までの東京の湾岸地域のイメージです。これは、IPOしたばかりの新興市場ベンチャーが、値上がりを期待させ続けグロース株としていかに存在するかに全力を尽くすのと同じで、一寸先はさらなる成長かもしれませんし、疑義注記がつく闇かもしれません。地位(じぐらい)からみて明らかなクズ地に、貧弱な都市機能。マンションを検討していると「知った気」になってきますが、それは錯覚で、自分と、資料請求まではしたほかのだれか以外にはまったく知られていません。自分もマンション購入を検討するまでは、地名をきいても、どこにあるか見当つかなかったのですから。

「住まなくなっても、ここなら高く貸せますよ」と営業にすすめめられる、出口戦略までデベが整えてくれる地域があります。株にたとえると低PERで高収益を「期待」できる銘柄ですから、そのまま放置されているのには「それ相応の理由」があるのが常です。筋が悪いのです。過去の供給価格までみて、自分の判断がアービトラージ裁定取引)だと確信できればよいともいえますが、目ざとい地元の資産家を差し置いて「ど素人」が勝てるつもりでしょうか。自分では気づかずとも、「落ちる刃を素手で掴まされている」だけです。

住宅設備は分譲マンションが高規格品を採用するケースが多いですが、壊れたり交換するときの支出はすべて自分持ちです。「高規格の最新設備」は、わずかな期間の優位性、満足感に過ぎません。中古ではその価値のほとんどが剥離し、トータルでみて地域の水準以上か以下かでしか判断されなくなります。購入検討と同じ時期に、3年経った中古と新築賃貸もあわせてまわれば、設備に対する印象に大差がないことに気づきます。モデルルームでは、3年先の未来ではどこにでもあり、10年経ったら古臭く感じる設備を「すてきだ」と感じているのです。

「命を担保」の裏返しとして、団信(団体信用生命保険)には大黒柱を失ってもそのマンションに住み続けられる「安心感」がメリットとしてあります。ただ、団信が適用されるのは「死んだ」か「植物人間」になった場合だけです。「高度障害」の判断は、寝たきりや働けない程度ではないのです。団信は「死んだ」か「植物人間」にならない限りローンをずっと返済し続けることへの約束、と言い換えて理解した方がよいでしょう。病気やケガで働けなくなっても、収入が減っても、知ったことではないのです。「狂ったローン」が大手を振るうこの国は、「家族を考えて」の病後の自殺が多い国にもなってしまいました。リスクとして考えるべきはどちらでしょうか。

竣工前のマンション購入は先物取引と同じです。地権者(事業協力者)つきは、議決権を握ることで何でも言うことを聞かせられる大株主と同じですから、そのような物件を買うのは一族が全権を掌握する会社の株主になるようなものです。地盤や基礎は企業の財務体質と同じで、ダメだとしてもありったけのロジックを駆使した大丈夫アピールをするでしょう。近くに新駅ができれば新薬承認と同じように資産価値もあがりますが、逆に近所のスーパーの撤退などがあれば資産切り崩しと同じで低迷まっしぐらです。資産の本質にない豪華施設は、同じく企業価値と無関係な株式優待と同じで、説明できない価格を正当化させるまやかしです。

マンションを「買う」のでしたら、割に合わない、合理的ではない投資行動であることを自覚すべきです。新興地の値上がりや価格維持、賃貸出しまで考えた資産形成の考えは捨てるべきです。お子さんが生まれたばかり、幸せな結婚をしたばかりなどの、全能感に満ちた時期の「背伸び」など論外で、本当の余剰資金で考えるべきです。

とはいえ、マンションを買うと「幸せになれる」のも事実です。仕事や子育てに前向きになり、がんばれます。他人になんと言われようとも、お金や数値ではあらわせないあれこれもついてきて、満足度も高いです。コンパクトマンションは、節税や団信のメリットがなくても「満足度が高めの買い物」として売れていましたし、後悔してるという話も聞きません。マンションを買って幸せになるためには、損得や合理的判断ではなく、「ここに絶対に住みたい!」と直感のあった物件を譲らない態度が大切です。