「すきま時間」を、さらなる一点集中に使うか、分散に使うか

株式投資を始めようと初心者向けの本を手に取ると、たいてい最初に「すべての卵をひとつの籠に盛るな」という格言に触れた章があります。英語の「Don’t put all your eggs in one basket」そのままの訳ですが、日本語では「ひとつのことにすべてを賭けるな!」がわかりやすいです。

おせっかいな本では「勤め先の社員持株会に入るのは愚の骨頂」として、サラリーマンは会社が倒産したときに給与がなくなったうえに、株の価値もすっからかんになったような状況は避けるべきとしています。

これらは「分散投資は正しい」という考えが根本にあります。収入を複数に分散させる週末起業も、収入を得るためにかける時間を分散する必要がありますから、「分散投資は正しい」が前提になるはずです。投資指南本があえて声高に「分散」を叫ぶのは、人間はほっとくと「集中」に向かうもので、特定の株や商品に全財産を投じるように、勤務先の「ひとつの仕事に賭けて」しまうからでしょうか。

まわりを見ても、持株会やESPP(Employee Stock Purchase Program)、RSU(Restricted Stock Unit)をありがたがるひとは多く、それは20年前から変わっていないようにみえます。多くのひとは、一か所から得る収入を、さらに増やすことに「賭けて」いるのでしょう。

この考え方は、「分散投資は正しい」という考えのもとでは間違っています。 一方で、計算式からはじき出された理論上では正しいことも、実行するのが人間の場合は必ずしも想定どおりの結果をもたらさないことがあります。人間は好きなことであれば、時間を忘れて没頭できるからです。しかも、その集中力は好きでないことの数倍のパフォーマンスをもたらします。

週末起業は、「本業」以外の「すきま時間」を事業にあてます。その「すきま時間」を、本業に近い「密」な事業に使うか、逆に、遠い「疎」な事業に使うかでは、少なくない違いが生まれそうです。自分の好きな趣味を活かして週末起業するのは、週末起業のもっともわかりやすい例で、分散投資の考えにもあっています。一方で、「本業」に近い事業、たとえばプロモーションなどの結果手を離れてしまった業務をさらにきわめて事業にするのも「あり」だと思うのです。

20年にわたって仕事を続けられているのは、そこにお金以外の魅力もあってこそのことでしょう。1年間の勤務時間を2000時間とすると、20年で4万時間。なにごとでもプロになるには1万時間は必要という「1万時間の法則」があるようですが、4万時間ということは4回プロになれる時間を仕事に費やしてきたのです。

投げ出したくなるようなこと、どうにもならない辛いことがあっても、そればかりで20年も続けられるほど人間は強くありません。それと同じくらいの喜びや魅力があり、ピンチや辛いことで成長し成功につなげた実感もあったから、続けられているのでしょう。これからの20年を考えて週末起業を志す一方、これまでの20年、この膨大な時間で培われた「実力」をいかせないことに取り組むのはもったいない気がします。